デジタルファッションとは何かを、様々なクリエイターや企業と探求するリレーインタビュー企画。第四弾は、アパレル業界でパターンナーとしてのキャリアを持ち、現在はデジタルファッションクリエイターとして活動するCLTHEN(ゼン)さんにお話を伺いました。
プロフィール CLTHEN(ゼン)
大手商社にて服飾のパターンナーとして活躍していた時に、CLOと出会い、デジタルファッション制作をはじめ、ファッション3Dアーティストとして国内外で活動を開始。現在は、アパレル企業にて、デジタルファッションを通して服飾の制作にも関わりつつ、専門学校でデジタルファッションの講座を担当。

デジタルファッションとの出会い
Q: デジタルファッションとの出会いについて教えてください。
CLTHEN:私がデジタルファッションと出会ったのは、商社でパターンナーとして働いていた時のことです。当時社内で、CLOという3Dソフトウェアの研究プロジェクトが立ち上がり、私がプロジェクトメンバーの一人になりました。
CLOは、パターンナーが作成する平面の2Dのパターンデータを3Dのデータに組み立てることができるソフトウェアです。試作として直接布を縫ったりしなくても、完成後の立体の服がシュミレーションできます。
CLOに出会ったことは、私にとって大きな転機でした。初期研修を受けた後、デジタルファッションへの気持ちが強くなり、専門的な学校にも通い、CLOを含めた様々なソフトの使い方やディレクションなどを学び、技術を深めました。今ではアパレルの仕事をしつつ、学校で授業も担当しています。

デジタルファッションの魅力
Q: デジタルファッションの魅力はどこにありますか?
CLTHEN:デジタルファッションの最大の魅力は一言で言うと、「可能性」です。デジタルファッションを知った時の衝撃は、パソコンやスマートフォンが普及しはじめた頃と同じような衝撃を持っているのではないでしょうか? そのくらい、強い新規性と大きな可能性を感じています。
例えば、デジタルファッションでは、物理的な制約がほとんどないため、現実の服の制作では、実現が難しい表現が可能です。例えば、重力の設定を変更して宇宙と同じ状態にして、月面にいるような環境で服を再現したり、水中での動きを表現したりすることができます。
さらに言葉を使わなくても、自分の表現したい世界が表現できるようになることで、コミュニケーションが取れる場合があると思います。

私は、ファッションは自己表現の一つだと思っています。人は他者と関わる時、基本的には服を着ます。服は目視して確認できる、一番最初のコミュニケーションツールと言ってもいいのではないでしょうか?
Qリアルなファッションと比べて、デジタルファッションはどこが面白いと思いますか?
CLTHEN:デジタルファッションの場合、実際に着ることができない服でも、自分のアバターを作り、メタバース上で着ることができます。また、ハーモニーのカメラアプリ「flah」などを利用したりすれば、着たい服を通して、自分をアピールすることができます。そういったデジタルファッションを利用することで、今までと違う出会い方をした時とは違うコミュニケーションが生まれることもあるかと思います。そこで、新しい価値観が出てきたりすれば面白いな、と思うのです。

さらに、デジタルファッションは、ファッション業界だけでなく、ゲーム業界や映像業界など、様々な分野の方々が関われる場所だと考えています。それぞれの分野が持つ知識や技術を組み合わせることで、より豊かな表現が生まれるような気がしています。

作品に込める想い
Q:CLTHENさんならではの、作品づくりのこだわりはどこにありますか?
CLTHEN:私の作品を見てくれた人の意識が少し変わるきっかけになればいいな、と思っています。もちろん、作品には意図やテーマを込めますが、見る方には、自由な発想で見てほしいです。ただ、私のデジタルファッションの作品を通して、がんばろう、と少し落ち込んでいた意欲が戻ってきたり、デジタルファッションへの興味関心を持っていただけたりしたら、とても嬉しいです。そのために、サムネイルも考えて作っています。
私の作品には、アヒルを登場させてることがあるのですが、アヒルは、デジタルの世界をつなぐ架け橋のような存在です。デジタルファッションだけでなく、ARや映像作品など、作品世界の媒体全てに登場させることによって、表現の場が違ったとしても、見た人が断絶した閉鎖的な世界と感じないように、作品世界に導いてくれる親しみやすいモチーフとして登場させています。
あえて言葉にするなら、アヒルは“デジタルトラベラー”のような役割です。

また、アヒルを登場させることによって、アバターの造形を柔軟に捉えたいという意図もあります。
デジタルファッションでは、おもちゃや動物さらにはドラゴンなど、人体以外の何かに服を着せることが可能です。デジタルファッション上では、誰でも何でも服を着ていいのです。デジタルファッションを制作をする時は、個人でも、誰か複数人で制作する場合でも、もっと視野を広げて、新しい感覚で楽しみながらやってみたい、という希望があります。
私の作品では、アヒルがかわいいな、ということがデジタルファッションに興味をもっていただくきっかけになってもいいし、こんなにデジタルファッションは自由なんだ、という感覚をもっていただいてもいいです。
作品を通して人の心を揺らしたい。
遊びを通して、様々な人と共感し合いながら、業界や国籍を超えてつながり、デジタルファッションを、盛り上げていきたい。そんなことを、制作を通じて考えています。

Q.デジタルファッションアーティストとして今後取り組んでみたいことはありますか?
CLTHEN:映画や映像業界の方々のクリエーションに興味があります。動的なライティングを学んだり、動きのある現場に関わりながら、CG制作をしてみるのも面白そうだな、と思っています。様々な業界の人と共同研究をしてみたいと思っています。気楽に情報交換をしあいながら、作品制作へのインスピレーションを高めていきたいです。
今、海外の方とも映像制作の研究を進めています。海外の方が知りたい日本の伝統文化を学びなおしてレクチャーしたり、海外の方から新しい方法を学んだりしています。お互いの技術や知識を交換しながら、ギブ・アンド・テイクで研究を進めていくことが楽しいです。

私や私の仲間、また他のデジタルファッションのクリエーターが、新しい技術を取り入れて、作品を作っていくことで、デジタルファッションのすそ野を広がり、デジタルファッションに興味がある方がチャレンジしたり、活躍できる環境が整備していったら、いいですね。
デジタルファッションの課題と可能性
Q. デジタルファッションの課題と可能性についてお聞かせください。
CLTHEN:デジタルファッションの課題は、認知度の低さです。3DCADという表現手法の存在があまり知られていないため、その可能性や魅力が十分に理解されていません。しかし、これは同時に大きな可能性も秘めています。デジタルファッションは、従来のファッション業界の枠を超えて、様々な業界の方々が参加できる領域です。
実際に3DCADを体験した方々からは、その面白さや可能性について多くの共感の声をいただいています。

そして、デジタルファッションが盛り上がることで、現実のファッションの価値が再確認されることを、期待しています。
実際のハイファッションの制作現場では、一つボタンをつけるにしても、職人の手が必要になってきます。こうした職人の手が関わった仕事は、とても大切なことで、制作者としても消費者としても、忘れてはならないことです。
デジタルファッションでは、何もかも再現できるし、保存も簡単にできます。しかし、それと同時に、現実で自分が着たい服を手にした時の喜びや、購入した服を着た後、大切に保存する気持ちも、忘れないでほしいです。
これからのファッション業界に向けて
Q.リアルな服を作っているアパレル業界に、デジタルファッションができるアプローチはありますか?
CLTHEN:デジタルファッションを使うことで、服飾業界の負担を軽くできるのではないか? と思っています。繊細な作業が必要とされる、ロット数の少ない服は、試作段階でもハードな工程があり、制作に割ける納期が短い場合もあります。
もちろん、実際に手に取れる形で試作することは大切ですし、デジタル上で何もかもを手軽に再現できるわけではありません。
デジタル技術を活用することで、職人の技術や伝統的な製法の価値を新しい形で伝えることができたらいいなと思っています。布を直接扱う側と、デジタルで再現できる側が歩み寄っていくことで、アパレル業界がより盛り上がっていくことを希望しています。

Q.デジタルファッションの分野で、特に力を入れていきたいことは何ですか?
CLTHEN:デジタルファッションを通じて、服制作の本質的な価値を伝えていきたいと考えています。良い服には多くの職人の技術とノウハウが詰まっています。デジタルファッションの表現力を活かして、その価値を多くの人に伝え、理解していただけたら、素晴らしいですね。
現実の素敵な服に触れる機会が、デジタルファッションを通してもっと色々な人に訪れたら、とても嬉しいです。
デジタル技術を活用した完全受注生産型のプロダクトシステムができるようになるのも、いいですね。SDGsの観点からも、素敵な服を、必要な人に、必要な分だけ作れるようになったら素敵だな、と思います。

Qこれからデジタルファッションに関わっていきたいと考えている人へメッセージをお願いします。
CLTHEN:「デジタルファッション制作は孤独ではないですか?」と質問を受けたことがあります。が、実際はそんなに孤独を感じません。デジタルファッションはITの分野のクリエーションなので、情報がたくさん開示されていますし、アクセスしてくる人は、業界国籍様々です。SNSやDiscordなどを通してコミュニケーションの量が多く、スピードも速いです。
デジタルファッションは、横のつながりが柔軟で、刺激的で、楽しい分野だと思います。
デジタルファッションに興味を持った方は、まずは一歩、気軽にアクセスしてほしいな、と思っています。