2018年に誕生したデジタルファッション。昨年のRobloxの成長も相まって、さらなる注目を集めファッションの一大産業になろうとしているだけでなく新しいアイデンティティの形としても発展しようとしている。そんなデジタルファッションの現在地、そしてこれからをharmonyの目で紐解く。
ファッションの在り方と変化
ただ日々を生活するためだけに身に纏う衣服に、ファッションという価値が生まれたのはいつだろうか。
衣服の役割は多岐にわたる。身体の保護や体温の調節といった保健衛生的役割から、所属集団の示威や自己表現といった社会的役割である。これすなわち、衣服を通じて高度に社会的な営みが行われてきたことを意味する。
人類史の多くにおいて、衣服の装飾は権威を示すためのものであったともいえる。入手困難な生地を用い、豪華絢爛な服を身に纏い、権威のある者はその身分を示す。その間、市民にとって衣服は身体の保護が主目的だった。この潮流が変わったタイミングの一つは産業革命だろう。衣服の選択の余地が市民にも生まれ、自己表現の手段としてファッションを手に入れたというものだ。
同時にこれは、衣服をデザインする余地も広く分け与えられたことを意味する。デザイナーは、重力や素材の物質的特性などの物理的制約の中で、新たなモード/パターン/テキスタイルを創作してきた。そしてこれらは、社会のニーズを鋭敏に捉え、身体に寄り添う形で表現するという側面もあった。ある時は労働に適するという身体的ニーズ、ある時は抑圧からの解放を表現したいという社会的ニーズ。これらのニーズを鋭敏に捉え、物理的な制約を持つ衣服というメディウム(=表現の媒体)に対し創作がなされてきたのである。
このようにして、社会・政治・文化の変化に応じ、生活者からもデザイナーからも一つの表現の手段として衣服のスタイルは発展し、ファッションという価値を生み出してきた。そして今、ファッションは、社会から新たな要請を受けている。
前提、インターネットの普及に伴い誕生した”コンテンツまみれの社会”で、文化の大量消費の渦の中にユーザーは陥っている。ファッションは元より流行のスタイルを着回す形態ではあったが、呼応するかのように、ファストファッションを始めとした過剰生産・過剰消費というトレンドが加速していった。これらは時流の流れに即した進化であっただろう。が、限られた地球の資源をファッションが消費することへの是非が問われ、またも変化が求められているのだ。
さなか、デジタルファッションとは、衣服やアクセサリを3Dモデルとして構築し、それを身に纏う行為である。
デジタルファッションには重力や素材の物質的特性といった制約はない。日々身に纏うような保健衛生的役割も持てない。そんな代物である。ただそれでも、身体を活用した自己表現であることに変わりはない。そして電力負荷はあるものの、資源の消費を伴わない、環境問題への対処が可能なファッションの形態であると考える。
デジタルファッションの射程
デジタルファッションが射程としている領域には、デジタル空間と現実空間のそれぞれが存在する。
デジタルファッションは一般に、「メタバースやゲームといったデジタル空間において、アバターに着せるための服」として知られることが多い。事実、2022年に経済産業省により作成された「ファッションの未来に関する報告書」において、「インターネット上だけのお洒落」に対してデジタルファッションというルビが振られる場面も見られる。一方で同報告書内で、「XR・MR等を活用し、現実空間と融合させた新しい顧客体験」の可能性も指摘されている。
XR・MRとはクロス・リアリティやミックスド・リアリティと呼ばれる技術を指す。現実世界と、CGで作られた仮想世界の2つの世界が混ざり合った世界をリアルタイムで作成し、ユーザーに対して見せることを可能としている。
現実空間と融合させた顧客体験の事例では、デジタル試着やSNS向けフィルターが挙げられる。
例えばデジタル試着の領域ではZERO10が挙げられる。ZERO10のAR Storefrontは、店舗にカメラ付きのサイネージを設置して、ユーザーが実際に服を着なくとも、服を着ているかのような体験を行うことができる。ZERO10のレポートによれば、とあるキャンペーンの期間中に20万回の試着体験があり、そのうち20%は店舗営業時間外にてAR Storefrontを通じたストアアクセスに至っている。
こういったZERO10の取り組みには錚々たるブランドが参加し、具体的にはDIOR、Louis Vuitton、Dolce & Gabbana、LOEWEらとの協業実績も存在する。

SNS向けフィルターとしてはSnapchatが挙げられる。Snapchatは海外で用いられるSNSであり、アプリ上で撮影した自分の写真を送り合うことでコミュニケーションを図るアプリである。特に撮影に際してキャッチーなフィルターをかけることが可能で、かつ、写真は一定期間で削除される仕様のため、友人・知人との気軽なコミュニケーションツールとして用いられている。
このアプリ内のフィルターとして、デジタルファッションを身につけることが可能である。これはファッションが持つ、自己表現・コミュニケーションの側面が、質量を持たないものの、十分に活用されている事例と言えるだろう。
またSNS向けフィルターは、必ずしもリアルタイムの変換でなくとも構わない。DRESSXを始めとした多くの海外企業は、自身の写真をデジタルファッションを身につけた写真へと加工するサービスを提供している。具体的には、自身の全身が映った写真を送付すると、購入したデジタルファッションを身につけた状態に加工して返ってくるというものだ。これは、SNSにアップロードするためだけに服を購入しそのまま返品してしまう若者が増えていることに着目し、誕生したサービスである。リアルな服を購入・保有しなくとも、リアルファッションが達成していた目標を達成できるという観点で、デジタルファッションにおける一つのブレイクスルーがなされたサービスと言えるだろう。

DRESSXも、BALENCIAGA、Off-White、Dolce & Gabbana、Burberryら錚々たるブランドのコレクションを取り扱っている上、日本からも松竹株式会社がDRESSXとコラボをし、オリジナルのコレクションを作成した事例も存在している。
さらに、デジタル空間と現実空間を跨る文脈として、XR Coutureの事例を紹介する。
XR Coutureは、複数のメタバースプラットフォームと現実と、それぞれで同じデザインで着ることができるデジタルファッションの作成・販売を実施している。
ストアで同社の服を購入したユーザーは、購入した証をNFTにて保有し、DecentralandやSandboxといったクリプト系のメタバースで利用することが可能となる。写真加工サービスも実施しており、購入したい服を実際の自分が着ているかのような写真の生成も可能となっている。加えて、一部のコレクションをゲーム系/ソーシャル系メタバースにて販売することにより、収益をNFTホルダーに還元するというモデルを採用している。
このようにデジタルファッションは、メタバースという新しい生活空間での衣服というデジタル空間向けの用途と、これまでファッションが担ってきた役割の一部を代替しようとするリアル空間向けの用途の、大きく2つが同居しているのである。
メタバースはゲーム用のソフトウェアがメタバースとしての側面を持つようになったか、コミュニケーションを当初から主眼としたメタバースかによって大別できる。例えば任天堂のゲーム「あつまれどうぶつの森」などはゲームから始まりメタバースの側面を持つようになった例だろう。

なお、そのほかの用途として例えば、映画や広告などのCG作品内で用いられる服や、衣服の製造過程において3D上で行われるシミュレーション用の制作もデジタルファッションの用途として触れられることが多い。本稿では主眼とはしないが、質量を持たないデータとしての衣服であれば、このような使い方もデジタルファッションと私たちは捉えている。また、生成AIを用いたリアルファッションのデザイン作りや新技術を活用した素材作りといったデジタル技術を活用した衣服作りを、デジタルファッションに含めるケースも見られる。ただし本稿ではデジタルファッションの射程は「衣服のデジタルデータ」に留めた上で論じることをご理解いただきたい。
デジタルファッションの可能性と市場規模

グローバルで見た際、デジタルファッション市場は2022年の時点で約100億ドルの売上が生まれている。ただし大半はFortniteやRobloxを始めとしたゲーム発のメタバースにおけるデジタルファッションの市場規模であり、それらを除くと約3億ドルの市場となる。
FortniteはEpics Game社により発売・運営されているシューティングゲーム。現在はメタバースとしても活用。
RobloxはRoblox社により運営されているオンラインプラットフォーム。ユーザーはユーザー自身が制作した様々なワールドにて遊ぶことができる。
この時期のデジタルファッションは、NFT市場の牽引に伴い、NFTでのコレクションを目的として創設されたブランドによるものが主である。
まず、代表的なデジタルファッションブランドとしては、The Fabricantが有名である。The Fabricantはアムステルダムに拠点を置く、世界初のデジタルで完結するファッションの専門家集団であり、2018年1月に設立、2019年5月に販売開始している。現在では誰でもデジタルファッションをデザインし、NFTとして売買できるシステムを構築し、ドレス、ズボン、アクセサリー等を展開している。実際に2019年にイーサリアム・カンファレンスというNFTのカンファレンスにおいて、オークションとして第1作”Iridescence”を出品し、約100万円で落札された。

前章では、写真の加工サービスを展開している企業をいくつか紹介したが、The Fabricantも同様のサービスを展開している。”Iridescence”は実際に、落札者のパートナーにデジタルフィッティングされている。このように、The Fabricantは3Dモデルの作成に加え、デジタルショールーム・デジタルファッションショーの展開やシェアできるコンテンツとしてのデジタルフィッティングを実施する形でビジネス展開をしている。
このように最初に創設されたThe Fabricantと同様に、初期のデジタルファッションブランドの主流は大きく2つの目的からなる。具体的にはNFTコレクションとしての提供と、デジタルフィッティングする場の提供である。
同時期に創設されたデジタルファッションのコレクションは、RTFKT、THE DEMATERIALISEDなどの、NFTとしての保有を主目的としたコレクションと、TRIBUTE BRAND、1 BLOCK STUDIOなどの写真加工のサービスを伴ったコレクションが存在する。後者の多くもNFTとしてデジタルファッションを保有できる場合が多く、NFT市場の牽引とともに立ち上がった市場であることが見えてくる。

デジタルファッションの現在地
現状のデジタルファッションの用途の多くは、デジタル空間のための用途である。すなわち「メタバースやゲームといったデジタル空間において、アバターに着せるための服」という観点である。
メタバースにおいて、人々は好きな姿、すなわちアバターに変身することができる。現在メタバースにおける生活は、現実での生活とほぼ同様の生活様式を取っており、メタバースにおけるアバターはもう一つの自分の姿と捉える人が主である。そして、そのアバターが着る服やアクセサリはスキンなどプラットフォームごとに呼称は異なるものの、デジタルファッションと捉えられる。
そして、現実の生活と同様の環境である以上、”着飾る”という考え方が生まれる。事実、代表的なメタバースであるRobloxにおいて、半数のユーザーは1週間1回以上は自身のアバターやスキンを変更するというデータが出ており、着替えなくても遊べる環境であることを踏まえれば、アバターのファッションを楽しんでいることが分かる。

デジタルファッションの未来
2030年のデジタルファッション市場の市場規模として、グローバル全体で約650億ドルと推定している。このうち300億ドルがデジタル空間向けの用途(=ゲーム系メタバースなど)としており、350億ドルがリアル空間向けの用途としている。2022年におけるリアルファッションの市場規模が約7兆ドルであることを踏まえると、2030年にはその1/20がデジタルファッションに置き換わるという推定である。
これらの数値については、他のデジタルファッション市場規模に関するレポートと類似した数値であり、NFTの取扱総額や代表的なデジタルファッションブランドの実績の変化を元に伸びを推計していることが多い。また、リアルファッションの一部機能を代替することをデジタルファッションは求められており、リアルファッションのシェアが一部デジタルファッションへと移行することが十分に期待されていることを踏まえた市場の推定である。
しかし、デジタルファッションが普及した際にどのような使われ方をされるのかや、そこに至るまでの過程について、確立された見立てが存在していないのも事実である。以上を踏まえ私たちは、本稿におけるグラフの数値は楽観でも悲観でもない中庸的な試算として捉えている。写真を加工する以上の用いられ方が発見されれば更に大きな市場になり、発見されなければ全く伸びない市場となるだろう。具体的にどのような使われ方を私たちが期待しているかは後述する。しかしリアルファッションに課されている社会的課題は非常に大きく、多くのプレイヤーが今後この領域に参戦することから、科学技術の進展とともに新しい用いられ方が発見される可能性は非常に高いと私たちは考えている。

なお、日本市場は2022年時点で約130億円の市場規模である。更に、メタバースにおけるデジタルファッションを除くと、約20億円の市場規模でありグローバル市場の約5%程度である。これは海外ほどNFTのユーザーが多くないことや、SNSにおいてファッションよりも食や体験について触れるため写真の加工ニーズが海外より小さいことから、市場の立ち上がり時のトレンドが日本の文化とそぐわなかったであろうことが挙げられる。したがって、現状のデジタルファッションへのユーザーからの注目度合いが薄いのみで、今後の日本市場は海外市場よりも伸びる可能性が十分に想定され、2030年時点では約5,100億円の市場規模となることが推定される。この内、現実空間での用途が約4,700億円であり、コロナ前のアパレル産業の市場規模の約5%である。
想像いただきたい。皆様や身の回りの方々のワードローブの中の20着のうち1着がデジタルファッションに変わるような将来を。今デジタルファッションに馴染みがないという方も、この数値であればあり得そうと思えるのではないでしょうか。